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日本でのオフストリングの歴史

日本での歴史を中心に書いていこうと思います。(最終更新日:2003年08月)

50年前?

オフストリングの始まりは50年前だとも言われています。

1998年

ターミネーターヨーヨーのデモンストレーションの為、来日したデール・オリバー氏がイベントでオフストリングプレイを披露。

バンダイがハイパー・バイパー(ドイツ・ヘンリース社のバイパー98と同等品)を発売。同時にバンダイはハイパー・バイパーのプロモーションチーム、チーム・ハイパー・バイパー(通称T・H・V)を結成。ジョン・ゲイツ氏、クリス・ネフ氏などの有名プレイヤー達が所属。

1999年

4月、バンダイ主催の大会、第4回ジャパン・チャンピオン・シップ・ファイナル(全国大会)でバイパーのみを使用し、オフストリングなどを行うチーム”チーム・アザーズ・バイパー”が優勝。

三居弘典・長谷川貴彦氏らがオフストリングプレイチーム、チーム・オフ・ストリングス(現チーム・オフ・ストリング)を結成。

1999年世界大会、A部門で三居弘典氏がオフストリングオンリーのフリースタイルを披露。2位に輝く。チーム・オフ・ストリングスはチーム部門で惜しくも8位に。

2000年

チーム・オフ・ストリングが www.offstring.com をオープン。オフストリングの普及を図る。

2000年世界大会、オフストリング・カウンターウェイト・トリプルAなどをはじめとするエクストリームなプレイスタイルのための部門、X部門を開設。前年度、A部門でオフストリングを中心としたルーティーンを披露した三居弘典氏が初代チャンピオンとなる。チーム部門ではチーム・オフ・ストリングが優勝。

2001年

2001年世界大会X部門、寺田真悟がオフストリングを中心としたルーティーンで優勝。ほぼミス無しという快挙。チーム部門ではチーム・オフ・ストリングが3位に。

ヨーヨージャム社がアクエリアスをリリース。アクエリアスは2000年X部門世界チャンピオンの三居弘典氏のシグネイチャー・モデルでオフストリングに特化したヨーヨー。同ヨーヨーの発売により、オフストリング・プレイヤーが急増。

2002年

2002年世界大会AP部門にて、オフストリングプレイヤーの長谷川貴彦氏、三居弘典氏、寺田真悟が上位を独占。

世界各国において、オンラインでのクリップビデオの発表が続発。世界規模でのオフストリングプレイヤー同士の情報交換が活発になる。

2003年

3月、世界大会に先駆けてJYCCが”2003ジャパン・ナショナル・ヨーヨー・コンテスト”で4A(オフストリング)部門を世界で始めて開設。10名のオフストリングプレイヤーが参戦。
また,8月に行われる世界大会でも同部門が開催されることが決定。

5月、ヨメガからオフストリング、1A向けに設計された機種、”エクセデス”リリース。

2003年世界大会でも2003ジャパンナショナルに続き、4A部門を開設。11名の参加者の内、7名が決勝進出。奥山エイジ氏がハイスピードなプレイとリジェネレーションを行い、ほぼノーミスで優勝。4A部門初代世界チャンプに。

世界大会にて、オフストリングヨーヨー”EVO”がヨーヨージャムより発売。同ヨーヨーはコディー・テイラー氏のシグネイチャーモデル。

8月、ダンカンがオフストリング向けヨーヨー”フライング・パンダ”をリリース。レスポンス・システムにフリクション・ステッカーを採用し、初心者から上級者まで幅広く対応。

−現在−

ダンカンよりオフストリング、カウンターウェイト、ストリング・トリック向けのハイブリットヨーヨー”スロー・モンキー”が全米大会よりリリース予定

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